北村龍平

  

幸一の話

幸一という親友がいる。


中学一年のある放課後。
下駄箱で俺はそいつと出会った。


入学して早々に売られた喧嘩を買い、
大流血沙汰を巻き起こしたせいで、
俺の名前は一躍、学年中に広がっていた。

だが、そいつの名前は俺以上に轟いていた。
6組に何かとてもヤバイ奴がいるらしい。
1組だった俺はそいつを見たことがなかった。


きっかけが何だったのか覚えてないが、
とにかく俺はそいつと下駄箱で話し始めた。

そして名前を聞いて初めて、ああこいつが噂の男だと知った。
むこうも俺の名前を聞いて、ああおまえか!と驚いていた。

ちょっと違ったタイミングで出逢っていたら、
殴り合っていたのかもしれない。

だが俺達は妙に気が合った。
しばし話し込み、帰り際に何となく俺が言った。


おいおまえ日曜日何やってんねん?
映画観に行こうぜ、ヘルナイト。


当時大ブームだったブッシュマンでも少林寺でも、
ましてやジャッキーチェンの映画でもなければ、
セーラー服と機関銃みたいな角川映画でもない。
いきなり超C級のスプラッター映画、ヘルナイトだ。

当時はまだ中学生が気楽に映画に行ったり、
繁華街に行ったりする時代ではなかった。

現に親友のレンは俺とメガフォースを観に行く約束をしておきながら、
生徒手帳にダメって書いてあるのが親に見つかって、ドタキャンしやがった。

そんな時代に、いきなり初対面で、ヘルナイトだ。
だがヤツはアッサリと言ったのだ。


おう、ええで。


日曜日、梅田で待ち合わせ。
約束の場所に現れたヤツはこう言った。


まずはメシや、うちの店行こうぜ。


うちの店?


梅田からガード下を中津駅の方へ歩くこと5分。
ガード下の24時間喫茶。
テレビゲームとかが置いてある、ちょっといかがわしい感じの店。
幸一の家が経営しているらしい。
そこでラーメンとチャーハンのセットを食った。
うまかった。
そしてヘルナイトを観に行った。


何かようわからん映画やったのお!


そう言いながらも、それなりに楽しかった。

その日から俺と幸一は親友となった。
毎日一緒にいた。
学校にいる時は、宿敵の花岡軍団との戦いに明け暮れた。

俺は剣道部、
幸一はレンに誘われるがままに美術部に入っていたが、
もちろん遊んでいただけで絵なんかほとんど描いてなかった。

ただ俺が部活を終わるまでの時間潰しをしていたのだろう。

やがて中学生活が終わりを告げ、俺達は別々の高校に進んだ。


幸一は地元でも最悪の暴走族養成学校と呼ばれるところに入った。
そこしか入れるところがなかったからだ。

まったく高校に馴染めなかった俺は、
ほとんど行かずに公園で本を読んでるか、
映画を観ているか、音楽を聴いていた。

幸一とはたまに会ってはいたが、
ヤツはすぐに高校を辞め、
どんどんと堅気から遠ざかっていった。

見た目は完全なヤクザ。
それでも会うと、俺の前では昔と変わらない幸一だった。


17歳の時、
俺は映画監督になると決め、高校を辞めてシドニーへ渡った。


10年後、やっとデビュー作を撮るチャンスが巡ってきた。

その頃の幸一は、
見た目だけでなく、パーフェクトなヤクザになっていた。

俺は俺と幸一の関係を軸にして、
幸一とのエピソードや、まわりにいたヤバイ連中の話を盛り込み、
半自伝的な脚本を書いた。

それがデビュー作、ヒート・アフター・ダークだった。


堅気の男がヤクザの親友に巻き込まれて、
その内に秘めた狂暴性を徐々に解放していく物語。

渡部篤郎さんと鈴木一真さんが演じる二人が、そのまま俺と幸一だった。


クランクインの4日前、
幸一の二番目の奥さんから電話がかかってきた。


うちの人、パクられてん。
今度は長くお努め行くことになるから、龍平君に会いたいって。


よくドラマやなんかで、
友人が刑務所に面会に行ったりするシーンがあるが、あれは嘘だ。
実際には親族以外に面会は許されない。

だが刑務所に送られる前なら、会える。
俺は翌日大阪に戻り、曾根崎警察署に面会に行った。
ヤツは豪快に笑いながら現れると、ガラス越しにこう言った。


ヘタ打ってもうたわ、ちょっと行ってくる。


俺も笑いながらこう言った。


あのなあ、俺とおまえの話を映画にしようって時に何やってんねん?
どんくさい真似しやがって!


するとヤツはまた笑い飛ばして、


これがおまえの映画やったらなあ!
ショットガンとかでここのポリ撃ちまくって脱走すんのにのお!


俺は必死でそばにいた係官に頭を下げた。


すいません!根は悪いヤツじゃないんです!


いや、悪いヤツだから刑務所行きなんだが・・・

まあこうして、笑顔で幸一は去って行った。




それから四年が過ぎた。


俺はヒート・アフター・ダークを完成させ、
ヴァーサスが認められ、あずみの監督に抜擢され、
アライヴを撮影していた。


ある日、携帯が鳴った。


おまえ何やねん、自分の役ばっかりカッコ良くしやがって!


幸一だった。

俺は満面の笑みを浮かべて言った。


あのなあ・・・
どこの世界に刑務所入ってる間に、
自分の話を映画化してくれるダチがいるんだよ?
てめえ出てきたのか!すぐ来いこの野郎!


こうして俺達は再会した。


その後の幸一の人生は、決して楽なもんではなかった。

足を洗い、堅気になろうとした。
だがガキの頃から不良を、ヤクザを貫いてきた男なのだ。
マジメに頭を下げて働くことなどできなかった。


一方その頃、
俺は監督として第一の絶頂期を迎えていた。
あずみが公開になり、続けてスカイハイ、ゴジラと驀進を続けていた。

だけど、
幸一が俺に金をたかってきたことは、一度もない。
兄弟分なんだから、たかってくれても構いやしない。

それでも、
幸一は一度も俺にたかろうとはしなかった。


結局、
ヤクザと堅気の間を行ったり来たりしながら、
暴飲暴食がたたって、身体を壊した。

頭が痛い痛いと夜中に電話をかけてきて、
東京にいた俺が大阪の仲間達に連絡して家に行ってもらい、
病院に担ぎ込むと、くも膜下出血だったこともある。


生体肝移植の手術を受けても、
医者の言うことをまったく聞かず、
薬も飲まず、代わりに酒を飲んだ。

この男にはルールなんてもんはなかった。




三年前。

ロスにいた俺に、
急な仕事の話が舞い込んできた。
正直、全然興味をそそられない仕事だった。

忙しい時に行きたくねえなあ。
しかも、今週末かよ。

だが先方はどうしても、と言う。

まあいいか、大阪だったら遊べるし。
俺は翌日、飛行機に飛び乗り日本へ行くことになった。

東京で一泊して、
翌日新幹線で大阪へ。

新大阪着は16時過ぎだった。

平日の16時過ぎ。

まともな人ならみんな働いている時間。
だがまともでない男が一人いた。
親友のレンだ。
ヤツはいつだってフレキシブル。

新大阪に迎えに来てくれて、
俺達は西梅田のお気に入りのカレー屋へ。

激辛カレーをほおばりながらレンが言った。


こないだ幸一と久しぶりに電話で喋ってん。
なんか体調もいいみたいで元気なってて楽しかった。


俺も激辛カレーをほおばりながら答えた。


最近会ってないなあ幸一!
よし今から呼び出そうぜ!


その時、携帯が鳴った。

幸一からだった。

俺は笑いながら携帯をレンに見せた。


あいつ絶対、聞いてたな!


電話に出た俺。

幸一ではなく、弟だった。




龍平さん・・・兄貴、亡くなりました。




その瞬間、俺は悟った。

急に大阪で仕事が入ったのは、ヤツが呼んだんだな、と。

俺は訊ねた。


いつ?


今朝です。




バカ野郎・・・


最後の最後まで、どんくさい野郎だ。


昨日東京からすぐに大阪に来てれば、間に合ったじゃねえか・・・


呼ぶんだったら、間に合うように呼べよ・・・




俺達はごくわずかな他の友人に連絡を入れた。

40にもなれば、友人が死ぬことだってある。

子供の頃に母親と死に別れた俺は、どことなく達観していた。



そして、お通夜。

俺とレン、あと二人の仲間が並んで座っていた。

俺はただ空虚な顔で、お経を聞いていた。


横でレンが、震え始めた。

嗚咽し始めた。


バカ野郎、泣くんじゃねえよレン。


そう思った瞬間、

俺の目から涙が溢れ出てきた。

洪水のように。



俺とレンは声を上げて泣いた。

人生で一番泣いた。

恥もへったくれもなかった。

泣いて泣いて、泣きまくった。




最後のお別れの時。


棺桶の中に横たわった幸一の顔。


俺は両手を合わせて、こう言った。




ありがとうな。

逢えて良かった。

楽しかったな。

また来世で逢おうぜ。




あれから三年が過ぎた。




今日は幸一の命日だ。











Nov, 27, 2012