北村龍平

  

One Man Army

人間の本性というのは、
窮地に追い込まれた時に現れる。


中学三年のその日、
俺は窮地に追い込まれていた。

相棒の幸一と喧嘩に明け暮れていた日々。

目障りな俺達に業を煮やした、
近隣の極悪中学の不良達の連合軍が、
大挙して俺と幸一を狩りに来る。

そんな不穏な噂が流れていた。


そしてついに問題のXデーがやってきたのだ。


ヤバイ。

ヤバすぎる。

間違いなくリンチされる。

ヘタすりゃ、死ぬな。


学校の裏門近くの林。

剣道部の主将だった俺は、
部室から何十本もの木刀を持ち出していた。

そしてそれを地面に突き刺した。

どうせ散るのならば、
一人でも多くを道連れにしてやる。

とにかくこれで片っ端から叩き斬ってやる。

三池監督の傑作リメイク「十三人の刺客」でも使われていた戦法だ。


だが、
どれだけ覚悟を決めようが、俺達にまったく勝ち目はなかった。

噂では2、30人の集団で来るらしい。

こっちは俺と幸一のたった二人しかいない。

友達だと思っていた連中、
同じ剣道部だった連中はみな、
自分には関係ないと逃げるように帰って行った。

いても役に立たないし、
と苦笑いを浮かべて去る者もいた。

こんな状況になれば誰だって我が身が可愛いものだ。


しょうがねえ、そんなもんだよな。


同じ学校の不良達、
花岡軍団も知らん顔で帰って行きやがった。

いや、むしろ楽しそうだった。


クソッ、薄情なヤツらめ・・・


だがまあ仕方がない、
俺達と花岡軍団は宿敵なのだから。


俺と幸一は腹を決め、
敵の襲来を待ち構えていた。

そこに、一人の男がやってきた。

親友のレンだった。

学校が終わるとさっさと消えていたレン。


まあそうだよな、育ちのいいレンには縁のない世界だし。


そう思っていた俺だったが、レンは戻ってきた。

すまん、疑って悪かった。


リュックを背負って戻ってきたレンは、
その中に大量の「コショウ爆弾」を仕込んでいた。

爆弾と言っても、
コショウをラップでくるんだだけの代物だ。


これをぶちかまして目くらましをして、これでぶん殴る!


そう言ってレンはドラムスティックを取り出した。

軽くて固くて効果絶大。

何て素敵な男なのだ、こいつは・・・

俺は心底、レンに惚れ直した。


俺達三人は臨戦態勢を整えた。

その時だ。

もう一人意外な人物が現れた。


岡本というそいつは、
レンと幼なじみの歯医者の息子だった。

レンを通じて顔は知っていたが、
特に友達というわけではなかった。

片親で過酷な幼少期をサバイブし、
毎日幸一と喧嘩に明け暮れていた俺から見ると、
岡本はただのいいとこのボンボンで、特に接点も関心もなかった。

その岡本がやってきたのだ。

思わず俺は訊ねた。


おう岡本、おまえ何しに来てん?


すると岡本はサラッと答えた。


いやまあ一人でも援軍がおったほうがええかなと思って。


俺は驚いた。

学校中が見て見ぬ振りをして、
俺達を避けているというのに、
こいつは友達でもないのに援軍に来たと言うのか?


いやいや、おまえの世界じゃないし関係ねえだろ。
怪我するから関わるなよ。


そう言う俺に、岡本はまたアッサリとこう言ったのだ。


まあ期末テストも終わったしな。
別に怪我したって休んだってかまへんわ。


ただのボンボンだと思っていたのに、何なんだこいつは?

その時、俺は確信した。

ああこいつとは一生の付き合いになるな、と。


俺達は日が暮れるまで待ったが、敵は来なかった。

結局それはただの噂で終わり、俺達は命拾いした。



人間の本性は、
窮地に追い込まれた時に現れる。

その時に逃げずに助けてくれるヤツこそ、真の友だ。

そして自分も、そういう男でありたい。



その日以来、
俺と岡本は大親友になった。

勉強なんかしたことない俺と、優等生の岡本。

当然高校も別々だったが、俺達はいつも一緒にいた。


やがて俺が高校を辞めてシドニーに渡ると、
岡本はテキサスに留学した。

俺達は手紙やカセットテープにメッセージを吹き込んで送り合った。


数年後日本に戻った時、
中退したおかげで高校一年分の単位しかなかった俺。

大検の試験を受けようと思った時には、一から勉強を教えてくれた。

おかげで俺は一度のトライで全部合格だった。


ダウン・トゥ・ヘルを作っていた頃までは、
一緒に映画創りもしていた。

だがやがて、岡本は実家の歯医者を継ぐことを決意した。

それからは違った形で、
俺をずっと支えて助けてくれている。

俺が何者でもなく、金もなく、未来もなかった。

そんな時代からずっとだ。


ヴァーサスを撮っていた時、
刀と刀がぶつかった時に火花を散らしてえ!!

そう思った俺は、
誰よりも手先が器用でクレバーな岡本に頼んだ。

するとこのスーパー歯医者は、
大阪から群馬の山奥までやってきてくれた。

東急ハンズで材料を買い込み、
火花を散らせる方法を考え、作ってくれた。

何という頼もしいヤツ。


パソコンの複雑なセッティングやネット設定が大の苦手な俺は、
新しいモデルを買うたびに、
自分の家より先に岡本の家に送りつけていた。

するとヤツが即戦力になるように、
設定もデータ移行も何もかも完璧にしてくれていた。


5年前、ロスに移住してきた時もそうだった。

新しいパソコンを買って箱から空けてもいなかった俺。

岡本はたった一晩、
滞在わずか18時間でロスまで来てくれた。

必要なものを買いに行く以外ほとんど部屋から出ずに、
俺の新パソコンをセットアップして、さっそうと帰って行った。

こんな友達、ちょっとありえない。



あの中学三年の日。

クソガキはクソガキなりに必死で、
大げさではあっても死を覚悟した日。

あの日以来、
岡本はいつだって俺の頼もしい援軍でいてくれている。


恥も涙も見せ合ってきた仲だけに、
今さら何もカッコつけることもない。

ずっと親友のまま、気づけばもう30年近く。


17で映画監督になる、
いつかきっとハリウッド監督になる。

そう決めて宣言した俺の乱気流暴走人生を、
ずっといろんな形で支えてきてくれている。


なんとか監督になってからも、
何の安定もなく浮き沈みの激しい業界。

やっと日本で軌道に乗り始めたと思ったら、
いきなりそれを捨てて、
今度はハリウッドという魔界に挑戦し始めた俺。


苦しい時、
追い込まれた時、
いつだってヤツは俺を助けてくれてきた。

どこまでも揺るがず、
とことん俺を応援することを貫いてくれている。



そんな大親友がロスまで遊びに来てくれた。

超多忙な男なのに頑張って休みを作って。


大したことをしたわけじゃない。

語り、美味いもんを食い、
買い物に付き合ったりしただけだ。

そんなことが、最高に楽しかった。


大阪とロスで、
最近は簡単には会えないけど、

日本に行く時は無理してでも俺が大阪に行くか、
ヤツが東京に来てくれるか、
その両方かして、必ず会う。

そしてこうして、
ロスまででも会いに来てくれる。


かと言って会っても、
そんなにベラベラと話すわけでもない。

俺がメールしても、
半年に一度ぐらいしか返信がない(笑)


それでも、

どこにいても、
何をしていても、
何も変わることがない。


簡単には恩義を返せないほど、
ずっと俺を支え、助けてくれている。



あの日、
俺と一緒に戦おうとしてくれた三人の援軍。

幸一はもうこの世にいないけど、
きっとヤツだってあの世から俺を守ってくれている。


危険と敵だらけの戦場を突き進むような人生。

もちろん先頭は、俺だ。


だが振り返ると、
俺にはいつだって頼もしい援軍がいる。

今では三人どころじゃない、
本当にたくさんの援軍が俺を守ってくれている。

そうやって俺を前に前に突き進ませてくれている。


でもいつだって、

俺のすぐ後ろにいるのは、

やっぱりあの日の三人で、


その真ん中にいるのは、

この岡本吉宏という大親友だ。






Dec, 05, 2012