北村龍平

  

Ninja Pianist

俺の兄弟分、
エリック・ルイスの今日出たばかりのニューアルバムを聴いている。
アメリカではELEWという呼び名で通っている天才ピアニストだ。

二年ほど前に日本でもかなり話題になったので、
知ってる人も多いだろう。


この男との出逢いは、二年半前。
世界最高の映画学校と言われている南カルフォルニア大学で、
俺と岩井俊二監督の特集上映が組まれた。
あずみ、花とアリス、そして二人で一緒にやったBATONが上映された。


上映前の俺のスピーチは、こうだった。

実は俺は20年前にここに来たことがあるんだ。
そう、入学願書を取りに。
信じられるか?
世界最高の映画学校のはずの南カルフォルニア大学は、
俺という才能を見過ごしたんだぜ。

場内は割れんばかりの爆笑と大喝采だった。


もしその時、入学できてたとしても、
こうして監督になれてたかどうかはわからない。

人生ってのは不思議なもんだ。

まあとにかく、
あれほど憧れた南カルフォルニア大学に呼ばれて、
尊敬する岩井監督とイベントができたのは、最高に幸せな時間だった。


その打ち上げで俺達はリトル東京に繰り出した。
そこにいた友人の知り合いとか何とかで、
たまたま近くにいた連中が4、5人でやってきた。

そこにいたのが、エリック・ルイスだった。
大柄な身体にパッと見、凶暴な顔つきで、
どっからどう見ても格闘家か用心棒みたいな感じだが、
どうやらピアニストらしい。
人が多かったので、特に話すことはなかった。


しばらくすると、
みんなで隣のジャズバーに行こうと友人が言い出した。
店のオーナーと話をつけたから、
みんなで一杯飲んだらピアノを貸してくれるらしい。
そこでぜひエリックに一曲弾いてもらおう、と。

ぞろぞろと閉店間際のジャズバーへ移動した。

正直、さほど期待していなかった。
自慢じゃないが、じゃなくて自慢だが、
俺はミュージシャンに友人が多い。
しかも超一流のミュージシャンの友人が。

ラブデスという映画を創った時は、
大好きなミュージシャンがたくさん出演してくれたので、
勢いあまって超豪華なメンバーでライブイベントもやったほどだ。

そんな人一倍音楽にはうるさい俺なので、
通りすがりのピアニストには、あまり期待していなかった。


ところが、だ。
演奏が始まった瞬間に血液が沸騰して、鳥肌が総立った。

何だこいつ???

その男は立ったままピアノをまるで攻撃するかのように弾き始めた。
ただ弾くだけじゃない。
時に弦を直接弾き、外側を拳で叩く。

見たことも聴いたこともない未体験な演奏がそこにあった。

終わった瞬間に、岩井監督も興奮して抱きついていたほどだ。


エリックは止らなかった。
金を取っているわけでもないのに、
会ったばかりの見知らぬ10数人の観衆のために弾き続けた。

ところがしばらくすると、
そのジャズバーのオーナーが、止めに入った。
一曲だけの約束だったはずだ。
もう閉店だ。
さあ帰った帰った、と。

ジャズバーを経営してるオーナーが、この凄さをわからないのか。
あまりの次元の低さに呆れ返った。

エリックは怒りを爆発させた。
怒鳴り散らし、壁をぶん殴って、出て行った。

場がしらけるとはああいうことを言うのだろう。
そのまま打ち上げはお開きになった。


誰かが怒り狂っていると、
なかなかに近寄りがたいものだ。
でも俺は自分が切り替えが早い方なので、気にしない。
どうしても一言、この男にお礼が言いたかった。

エリックは元の店に戻り、
カウンターに座り、気を鎮めようとしていた。

俺は彼に近づいて、手を合わせた。

素晴らしい演奏を聴かせてくれて、ありがとう。

まだ怒りの収まっていない彼が顔を上げ、
俺をギラギラした目で見据えると、何かに気づいた。

おいちょっと待て。
あんたミッドナイト・ミートトレインの監督じゃないのか!?
俺はあの映画が大好きで何度も観てるんだ。
メイキングであんたを観たぞ。

何という縁だ。


数日後に改めて二人で会った。
驚くほど、考えや性格が似ていた。

彼は日本のアニメや武道や忍者や映画や本に多大な影響を受けていた。
自分のレーベルを忍者とジャズを掛け合わせて、
ニンジャズ・エンターテインメントと名付けたほどだ。

演奏する時には両腕に忍者のアーマーのようなものを着ける。
あの壮絶な早弾きは、
なんと北斗の拳のケンシロウのアタタタタタ!!
に影響を受けたのだという。
ムチャクチャなヤツだ。

ずっと真面目なジャズピアニスト、
セッションミュージシャンとしてやってきたのだが、
閉鎖的なジャズの世界に嫌気が差して、
もっと自由に、もっと新しく、もっと自分らしくやりたいと、
ロックの名曲を自分なりに解釈して、ジャジーなピアノだけで表現する、
ロックジャズというスタイルを編み出した。

一方の俺は、
人間的にも、映画監督的にも、
音楽に多大な影響を受けてきた。
映画創りのリズムやスタイルは、映画よりも音楽から学んだことの方が多い。
脚本を書く時も演出する時も編集する時も、
常に頭の中には音楽や効果音、雰囲気やリズムが流れている。

映画に影響を受けたミュージシャン。
音楽に影響を受けた映画監督。

俺達は一気に、数時間で兄弟分になった。


彼がロスに来ると必ず、
ホテルの部屋を訪ねるようになった。
エリックは俺とくだらない話をしながら、
ずっと即興でキーボードを弾き続ける。
そこで俺がお気に入りの日本の曲なんかを聴かせると、
すぐにその場でアレンジして自分のものにする。
これこそ本当のワンマンショーだ。

夜になると、
ビバリーヒルズの高級ホテルのラウンジは、
熱狂のコンサートホールと化した。

噂が噂を呼び、
いろんな業界人やセレブがエリックを見に来るようになった。
そして一度エリックの演奏を体験したら、誰もが虜になった。

その演奏は、壮絶極まりない。
ギターの演奏が激しすぎて弦が切れるというのは、よくある。
だがエリックは、そのパワフルな演奏で、ピアノの弦を叩き切るのだ。
演奏中にピアノの弦が弾け飛ぶなんて光景、ありえない。

しかもヤツは、そのちぎれた弦をペンチで結びつけると、
何食わぬ顔で演奏を続けるのだから、とんでもない。

レオナルド・ディカプリオやヒュー・ジャックマンにダナ・キャランなど、
ハリウッド中のセレブが熱狂的サポーターになった。
ついにはオバマ大統領夫妻に招かれて、
ホワイトハウスでも演奏するようになった。

あっという間にヤツはスターダムへと登り始めた。


そんなある日、
プロデュース作品の編集中にヤツから電話がかかってきた。
女と別れただのどうのこうのと長話をしていると、
また数日後にロスに来ると言う。

で、共通の知り合いに演奏の光景を撮影してもらうつもりだ、と。

俺は言った。

あいつは素人だろ。
何でおまえ俺に言わないんだよ、と。

いやいや龍平にそんなこと頼めないよ、
まだ大きな予算もないしギャラも払えないしと、ヤツ。

俺はブチ切れた。

予算とかギャラとか言ってんじゃねえ!
兄弟分でそんなもん関係あるか、よし俺が撮る、と。
ギャラなんぞいらんが、
どれだけ予算があるかマネージャーに連絡させてくれ。


するとすぐにマネージャーから連絡が。
予算は、1000ドルしかないらしい。

1000ドル!
8万って・・・
なかなかだな、おい。

ま、いいや。
8万で数百万に見える仕事をしてこそ、俺だ。

昔から、
俺が何か映像のことをやろうとすると、
良くも悪くも、必ずおおごとになった。
渦がどんどん大きくなってしまう。
絶対にただではすまない。

きっとこれも才能の一つだと思うし、
これができなくなった時が俺の才能が涸れて、
人間としての吸引力がなくなって引退する時なんだろう。

俺の周りの若手の頑張りもあって、
わずか数日しかない準備期間で、
熱い魂を持つ仲間がありえないほど集まってくれた。


いよいよ撮影決行のその日。

俺達はわずか15時間で二本のミュージックビデオと、
三本のライヴ映像を撮り切った。
予算8万で、だ。
これはなかなか簡単にできることじゃない。
志と才能を持つ仲間が集まったからこそできたことだ。


俺はすぐにそのミュージックビデオを、
日本にいるレコード会社の友人に送った。
彼は凄腕のヒットメーカー。
すぐにエリックの可能性を見抜き、一緒にやろう、と連絡があった。

こうしてエリックの来日公演、日本デビューが決まった。

名古屋から始まったブルーノート来日公演の初日。
観客は、わずか30人しかいなかった。

だがテレビ出演をきっかけに口コミが広がり、
東京公演は連日超満員、
急遽決まった六本木ヒルズ蔦屋でのフリーライブでは、
観客動員を塗り替えた。

俺とエリックがリトル東京で出逢ってから、
まだわずか半年しかたっていなかった。


残念ながら世の中ってのは、
必ずしも才能と努力が認められるわけではない。
見る目のある人間よりも、
圧倒的に見る目のない人間の方が多いからだ。

だからこそちゃんと「見える」ようにプロデュースしなくてはいけない。

俺は自分自身のプロデュースはまったくできないが、
新しい才能を見抜き、プロデュースするのはわりと得意だ。

たまたまかかってきた恋愛相談の電話から、
ここまで話が広がったんだから、まあ悪くない。


そして去年の春、
ニューオリンズで新作の準備に追われていた俺。

エリックはアメリカで大人気の歌手、
ジョシュ・グローバンのサポートに抜擢されて、
いよいよ初の全米ツアーが始まろうとしていた。

何とそのツアーがニューオリンズから始まるという。
しかもその日は、ヤツの誕生日だった。

何というタイミングで同じ街にいるんだ。
行くしかねえじゃねえか。
俺はエリックにメールした。

そして会場に着くと、何とそこは大きなアリーナだった。
ジョシュ・グローバンは、それほどの人気なのだ。

オープニングアクトで、エリックが登場した。

コンサートによく行く人ならわかると思うが、
正直、前座に興味を持つ人は少ないだろう。

そんなもんを見に来たわけじゃない。
早くメインが出て来てくれ。
どうしても、そう思ってしまうはずだ。

30分後、俺は今まで見たことのない光景を目撃した。

一万人の観衆が、スタンディングオベーションをしていた。
前座のピアニストに、だ。

一年前、リトル東京で、わずか10数人の為に演奏していた男が。
オーナーに演奏を止められ、追い出されたあの男が、だ。

俺は涙を流した。

引き続きジョシュ・グローバンのライヴが始まった。
すると何とエリックは、俺の座席までわざわざやってきてくれた。
二人で語り合いながら、ジョシュの歌声を聴いていた。


ライヴが終わり、俺達はバーボンストリートへ繰り出した。
誕生日を祝い、酒を飲み、踊り明かした。


今までここに登場してきた最高な仲間、友人達。
そしてこれから登場する愛すべき者達。


俺は本当に素晴らしい出逢いに恵まれている。
こんなにも誇りに思えて愛すべき人達がたくさんいる。


今こうしてエリックの新作を聴いてると、
何とも言えない暖かい気持ちになると同時に、
真冬に滝行をしているかのような背筋の引き締まる感じがする。


もっともっと精進しなくては、と思う。

いつまでもお互いに切磋琢磨していける関係でありたい。


俺のまわりには、

到底追いつけそうにないヤツだったり、

気を抜くと置いてけぼりにされてしまうヤツが多すぎるんだよなあ。






俺が撮ったエリックの映像はここで観てくれ。
大音響で。


Mr.Brightside


Going Under


Clocks


The Diary of Jane


Smells Like Teen Spirit







Aug, 29, 2012