北村龍平

  

Dear My Mother

今日は母さんの命日だ。


今から34年前の今日、俺は母親を亡くした。


別れは突然やってきた。


夜、二人でテレビを観ていた。

ふと横を見ると、
母さんが目を開けたままじっとしていた。

まばたきもせずに。

何かの悪ふざけでもしているんだと思ったけど、
いつまでたっても母さんは動かなかった。


話しかけ、肩を揺さぶっても、動かなかった。

何分そうしていたのだろう。

怖くなって、隣のおばさんを呼びに行った。

おばさんが入ってきて、悲鳴をあげた。


救急車がやってきた。

病院に着くと、
お医者さんや看護婦さんが飛び出してきた。

そのまま担架で運ばれて行き、
廊下で待ってるように言われた。

処置室に入れられて、
服を脱がされていく母さん。

そこで扉が閉まって、何も見えなくなった。


携帯も何もない時代のこと。

ひとりぼっちで、
薄暗い病院の廊下のベンチに座っていた。


何時間が過ぎたのか、
やっと親父がやってきた。

家に連れて帰られて、眠った。


同じ日だったのか、何日か後だったのか。

部屋で一人で寝ていると、電気が点いた。

寝ぼけて眩しそうにしている俺を、親父が抱きしめた。

親父に抱きしめられたなんて記憶は、その一度しかない。

そして親父は、言った。


泣くな。


・・・ああ、母さん、死んじゃったんだ。


その後の記憶はほとんどない。


最後のお別れの時。

棺の中に、
俺も母さんも大好きだった「あしたのジョー」を、
全部は入れられないので、
一巻と最終巻だけ入れたのは覚えてる。


声をあげて泣いた記憶もない。


ただポッカリと心のどこかに穴が空いた感じだった。


その日からずっと、
埋められない心の穴を抱えて生きてきた。



一休さんのエンディングの歌を聞くのが、死ぬほど嫌だった。

あれを聞くと、寂しくて寂しくて、たまらなくなった。


一休さんは母さんにお便りできるじゃないか。

どこかで生きてるじゃないか。

でも僕の母さんは、どこにもいない。



大人になってからも、
愛情に飢え、
果てしない愛を与えてくれる相手にさえ、

もっともっと、
足りない足りない、

そうやって過剰な愛情を貫き、求めてきた。


それは女性に対してだけのことではなく、
友人や仲間達に対してもそうだった。


自分の愛する者に異常に執着してしまうのは、

大事な人、
愛する人、
幸せなんてものは、
本当に儚くて、
何の前触れもなく突然、
簡単になくなってしまうことを知っているからだ。

その圧倒的恐怖が、俺を駆り立てていた。


そうやって、
まるで孤独という病魔に取り憑かれたように、
心に影を抱えたまま生きてきた。


幼い頃に死というものに触れたこともあって、

死後の世界、魂、神、運命、輪廻・・・

そういったことに人一倍関心が強くなった。

それは確実に俺の創る作品にも現れている。

特定の宗教に傾倒したことはないが、
人間は死んだら終わりだなんて思っていないし、
神の存在も信じている。


でもいくら本を読んで勉強したところで、
結局は自分の人生、
経験でしか学ぶことはできない。

今年は考えさせられることがいろいろとあった。

そして少しづつ、
いろんなことがわかってきた。

それが正しいのかどうかはわからないけど、
以前は考えもしなかったことを考えたり、
いろんな物の見方ができるようになってきたのは、
いいことなんだろうと思う。


きっと、


人にはそれぞれ人生の役目が定められていて、
どれだけの時間が与えられてるかはわからない。

だからこそ一生懸命、
一日一日を生きるしかない。

そしていつどんな形であったとしても、
人はその役目を終えた時に人生を終えるのだろう。

肉体ということを超えた大きな流れの中では、
寿命が80年でも40年でも、
大した差ではないのかもしれない。


母親がいなかったこと、
孤独だったこと、
そしてそんな俺を、
全力で守り抜き、
ここまで育ててくれた親父。


そのすべてが、
今の俺を、
映画監督の俺を、
いろんな人が愛してくれる俺を、
俺の人生を創りあげてくれたんだと思う。

良かったことも悪かったこともひっくるめて、
すべては自分の役目を果たすために必要だったこと。

今の自分を形作っている要素だ。

それがやっと最近わかってきた。



俺の心に空いた穴は、
いろんな形で俺を愛してくれる大切な人達のおかげで、
やっと埋まってきた気がする。


こんなことを考えるってのは、
俺もいい歳になったってことなのかもしれない。





愛する母さん、

とっても不思議なことだけど、
いつの間にか俺は、
もう母さんよりも年上になりました。

一緒にいた時間はとても短かったけれど、
母さんは全身全霊で俺を愛し貫いてくれました。

そして逝ってしまったあの日からも変わらずに、
ずっと俺の魂のそばにいて、愛してくれてるよね。

長い間ずっとそれがわからなくて、
寂しい寂しいと思っていたけれど、もう大丈夫。



生んでくれて、ありがとう。

愛してくれて、ありがとう。



母さんがもっともっと、
そっちでも自慢できる息子になるように、頑張ります。


俺はまだ全然、この人生での役目を果たしていないから、

そっちで逢えるのは、まだまだ先になってしまうけどね。





















Nov, 03, 2012